母さんの面影

父の思い出」では、「pater〔羅〕(パーテル=父)」に由来する言葉を特集しましたが、今回は母の日に因んで「mater〔羅〕(マーテル=母)」の子供たちを捜してみましょう。

英語の「mother(マザー)」はもちろん「mater」と同根の語。東証の新興企業向け株式市場「Mothers(マザーズ)」は、「Market Of The High-growth and EmeRging Stock」の略とされていますが、ベンチャー企業を(母のように)育むという意味も込められているのでしょう。「mater」の直系子孫にあたる英単語としては、「maternity(マターニティ)」がお馴染みですね。

大都市のことを「metropolis(メトロポリス)」と呼びますが、この「metro-」も「母」を表すギリシャ語に由来します(「polis(ポリス=都市)」については「コインと語源で旅するアメリカ50州 〜 Maryland」を参照)。植民地において、母国からやってきた人たちが建設した都市が、必然的に大都市となっていった訳です。「東京メトロ」のように地下鉄のことを「メトロ」と呼ぶのは、パリの地下鉄が「chemin de fer métropolitain(シュマン・ド・フェール・メトロポリタン=首都鉄道)」を約して「métro(メトロ)」と呼ばれたのが始まりです。

意外なところでは、「matter(マター)」や「material(マテリアル)」も「母」から生まれた単語で、物を生み出す「材料」「物質」といった意味を持ちます。「matter」は、宇宙に存在する「dark matter(ダーク・マター=暗黒物質)」の例のように原義での使われ方もされますが、「What's the matter?(ホワッツ・ザ・マター=どうしたの?)」のように、抽象的に「事柄」を示す表現も生み出しました。英語の「matter」や「material」にあたるポルトガル語「madeira(マデイラ)」は、材料の中でも特に木材を表し、大西洋に浮かぶ「マデイラ諸島」は、樹木が生い茂っていたところからこの名を付けられました。この地の名産品が「マデイラワイン」です。

数学用語の「matrix(マトリックス=行列)」も「母」由来。辞書で「matrix」を引くと第一義として「母体」や「基盤」が書かれています。実は数学界では、行列よりも「determinant(ディターミナント=行列式)」が先に研究されていたのですが、行列こそが行列式の「基盤」となる概念であると考えられ、「matrix」と命名されました。映画「マトリックス(原題:The matrix)」に出てくる仮想現実世界は、人類を養殖する「母体」という意味に加えて、数学的・抽象的なイメージを持つ名前としてこの名が付けられたのではないかと思われます。

他の固有名詞の例を挙げておきます。ロシアのお土産「Матрёшка(マトリョーシカ)」は、「母」を意味する女性名「Матрёна(マトリョーナ)」に由来し、その形状と共に子孫繁栄のシンボルです。また、銀河鉄道999に登場する「メーテル」の名は、「母」と「meter(メーター=計器→機械))」の意味をかけたものとされています。メーテルが鉄郎の母親にそっくりという設定や、惑星メーテルの正体がメーテル自身の母親であるという結末を象徴する、なかなか奥深い名前ではないでしょうか。


おまけ ― 洋の東西を問わず、食べ物や(食べ物をくれる)母を表す単語には、赤ちゃんが発音しやすい「ma」で始まるものが多いと言われています。日本語にも「マンマ」という幼児語がありますね。ラテン語の「mamma(マンマ)」も「母」「乳房」の両方の意味を持ち、乳癌を早期発見するためのX線装置「mammography(マンモグラフィー)」や、乳を与えて子を育てる「mammal(マンマル=哺乳類)」といった単語を生んでいます。