ホントにフォント

ウィンドウズでワープロソフトを使ったことのある方なら、「MS明朝」、「MSゴシック」、「Times New Roman」などのフォントはお馴染みかと思います。「MS」は「Microsoft」の略かな、「明朝」は「明」の時代の書体かな、とすぐに想像がつきますが、では「ゴシック」とは?「Times」とは?今回はそんな疑問にお答えします。

15世紀の中頃にドイツの「Gutenberg(グーテンベルク)」がヨーロッパで初めて活版印刷を発明した時に用いた書体は、アルファベットにひげ状の装飾を施したいわゆる亀の甲文字でした(こんな文字→ドイツ文字のABC)。本来はこのドイツ文字こそが「Gothic(ゴシック)」と呼ばれたフォントでした。「Gothic」の原義は、ゲルマン族の一部族である「Goth(=ゴート人)」の、という意味。ローマ帝国を滅亡に導いたこの民族の名が、「中世」の代名詞としても使われたわけです(関連ページ「ローマへの道」)。それにしてもこの本家ゴシック文字に比べると「MSゴシック」は随分シンプルなデザインですね。

この格式高いドイツ文字は、その重厚さの反面、読みにくいという欠点がありました。現にあのヒトラーも、それまでドイツの国字であったこの文字を廃止して欧州他国と同様のローマ字を採用しており、彼の行ったこの文字改革はアウトバーン(ドイツの高速道路、直訳すると「車の道」)、フォルクスワーゲン(直訳すると「国民車」)と共にヒトラーの三大遺産と呼ばれています。そういうわけで15世紀以降、印刷術が広まるにつれてゴシック体に代わる様々なフォントが考案されてきました。

ギリシャ・ローマ文化の価値をもう一度蘇らせようとの気運高まるルネサンス期のイタリアでは、ローマ帝国時代の書体を模した「Roman(ローマン=ローマ時代の)」体が流行しました。後になってこの書体にロンドンの新聞社タイムズ社が改良を加えたのが「Times New Roman」というわけです。これに対して、やはりルネサンス期のイタリアで、聖書の草書体にヒントを得て作成されたペン書き風のフォントが「Italic(イタリック=イタリアの)」体。現在ではウィンドウズの影響もあってか、イタリックと言えば単に斜体のことを指すことが多いですが、本来は一つの独立した書体の名前だったのです。

20世紀になるとアメリカで、「serif(セリフ=フォントを構成する線の端にある飾り)」の無い書体、「sans serif(サン・セリフ)」が開発されます。ローマン体よりもさらにシンプルなこのフォントはその創作者によって「Alternate Gothic(オルタネート・ゴシック=ゴシックに代るもの)」と命名されました。この長い名前の前半部分が略されたのが今日ゴシック体と呼ばれているフォントで、「MSゴシック」もその仲間というわけです。

では最後にフォントに関する雑学を一つ。振り仮名に使う小さな活字のことを「ルビ」と呼びますが、これは宝石の「ruby(ルビー)」に由来します。かつてアメリカやイギリスで、4.5ポイントの活字を「diamond(ダイヤモンド)」、5ポイントの活字を「pearl(パール=真珠)」、5.5ポイントの活字を「agate(アガット=アゲート、瑪瑙)」のように呼び慣わしていたのですが、振り仮名用の活字に近い大きさの5.5ポイント活字のことをイギリスでは「ruby(ルビー)」と呼んでおり、これがルビの語源となったのです。

(参考文献:『フォントハウス』)