雄弁なる花たち

「ワスレナグサ」という薄紫色の小さな花を咲かせる植物があります。漢字で「勿忘草」と書きますが、実はこれ、ヨーロッパ原産であるこの植物の英語名「forget-me-not(フォーゲット・ミー・ノット)」を訳したものなのです。では一体なぜ「私を忘れないで」という意味の名前がついたのでしょう。これには次のような言い伝えがあります。

ドイツのとある川辺で、騎士が恋人と散歩していました。彼は愛する彼女のために川縁に咲いていた花を摘もうとするのですが、花を掴んだ瞬間に足を滑らせて急流に落ちてしまいます。彼は溺れる寸前に彼女に向かって摘んだ花を投げ上げ、「Vergiss mein nicht!(フェルギス・マイン・ニヒト=僕のことを忘れないで)」と叫びながら帰らぬ人となったのです。

言うまでも無くこの花がワスレナグサで、ドイツ語でもそのまま「Vergißmeinnicht(フェルギスマインニヒト)」と呼ばれます。

似たような名前の花に「ホウセンカ」があります。その英語での名は「touch-me-not(タッチ・ミー・ノット)」。ホウセンカは時期が来ると種の入った殻が自然に弾けて種を遠くに飛散させるのですが、その前に人が触ると成熟していない種子が飛び出てしまうので、実が熟すまでは「私に触らないで」というわけです。一方「kiss-me-over-the-garden-gate(庭の門の上からキスして)」という長い英名を持つのは「大毛蓼(オオケタデ)」。花の部分が穂のようになっていて、庭の戸口から首を伸ばしたその様子がキスをねだっているように見えるのです。

花弁に人の顔のような模様があることから「人面草」というあまり可愛くない名前をつけられている「pansy(パンジー)」は、その姿が物思いに耽っているように見えることからフランス語で「pensée(パンセ=思想)」と呼ばれたことに由来します(哲学者パスカルの随筆集のタイトルでもありますね)。で、このパンジーの原種にあたる三色スミレの英名が「Johnny-jump-up(=立ち上がれ、ジョニー)」。この植物の生長が速いことから名付けられたそうなのですが、「Johnny」はアメリカ英語で男性のアソコを意味しますので、ちょっと怪しい連想が働いていることもあるようです。

正午前には花を閉じてしまう植物「大甘菜(オオアマナ)」は「Jack-go-to-bed-at-noon(=ジャック、昼に寝なさい)」、蔦のように地面に蔓を伸ばす「垣通し(カキドオシ)」は「Gill-go-by-the-ground(=ジル、地面を進め)」と、これらも意味はそのまんまなのですがなかなかユニークな名前を持っていますね。

などと、いろいろ調べている途中で「mind-your-own-business(=ほっといてくれ)」という植物があることを知りました。丸い小さな葉を持つ、一般には「ソレイロリア」と呼ばれる観葉植物ですが、あちこち調べても結局名前の由来が分からずじまい。文字通り「お前の知ったことではない」っていうことなのかもしれませんね (^-^;


おまけ ― ホウセンカは「impatiens(インパチェンス)」の仲間ですが、これは英語の「impatient(=我慢しない)」に当たるラテン語。ホウセンカと同様に、ちょっと触っただけで種が飛び出す特徴に由来します。