電脳いまむかし

駄文ばかり書いていますが、私の本業はコンピュータ・サイエンスの学生です。今回はコンピュータ用語の中で、往年が偲ばれる面白い語源を持つものをいくつかご紹介しましょう。

コンピュータを使うにはまず「boot(ブート=起動)」する必要があります。「reboot(リブート=再起動)」という派生語もありますね。これは起動プログラムが紙テープに穴の配列としてパンチされていた時代、このテープのことを「bootstrap(ブートストラップ=ブーツを引っ張り上げるためのつまみ皮)」と呼んでいたことに由来します。すなわち「boot」は「boots(ブーツ=長靴)」と同じ単語というわけです。ではなぜこのテープが「靴のつまみ皮」なのでしょうか?これは「ほらふき男爵の冒険」の主人公ミュンヒハウゼン男爵が、左手で左足のつまみ皮を、右手で右足のつまみ皮を交互に引っ張って崖を登った、というエピソードに由来します。これより「bootstrap」は「自力で成し遂げる」との意味を持つようになり、さらにつまみ皮とテープのイメージが重なって、起動テープのことを「bootstrap」と呼ぶようになったわけ。起動テープがコンピュータを持ち上げる(=起動する)という発想ですね。

さて、次にユーザがしなければならないことは「log in(ログ・イン)」または「log on(ログ・オン)」。「記録を取る」という意味で「ログを取る」などと言いますが、「log」とはもともと「logbook(ログ・ブック=航海日誌)」の略です。昔はオペレータがコンピュータの横においてある帳簿に「何時から何時まで誰が使用」と記録しなければならなかったことから、コンピュータを使う前の手続きを「log in」と呼ぶようになったというわけ。但し「log」の本来の意味は「log house(ログ・ハウス)」「log cabin(ログ・キャビン=丸太小屋)」などと使われるように「木材」の意味。「logbook」は船の(かつては木の板だった)記録版(=log board)に書かれているその日一日の重要な出来事を転写する帳簿だったわけです(以上参考:『Take Our Word For It』)。

ようやくコンピュータを使い始めると、たまに(しょっちゅう?)「一般保護違反」というメッセージが出たかと思うとプログラムが強制終了させられることがあります。これはプログラマーなら誰でも知っているソフトウェアの欠陥「bug(バグ)」が原因。「bug」とは本来「無視」…じゃなかった「虫」の意味で、初期のコンピュータは何千、何万もの真空管で実装されており、そこにしばしば蛾などの「虫」が入って回路をショートさせ、コンピュータを停止させたことからそう呼ばれます。本来はハードウェアに関する用語だったわけです。この「虫」を取る作業が「debug(デバッグ)」です。米国ワシントンD.C.のスミソニアン博物館には世界最初の「bug」が展示してあります。

ところで、日本語ではこれらのコンピュータ用語をそのままカタカナ語として取り込んで使っていますが、中国では、最近こそ英語のまま使うことが増えてきたものの、ほとんどを漢語に訳して使っています。『中国語パソコン辞典』によると「ネットスケープ・ナビゲータ」は「導航者(ダオハンジャー)」、「インターネット・エクスプローラ」は「探検者(タンシァンジャー)」なのだとか。「マイクロソフト社」などの固有名詞もひとたび中国人の手にかかると「微軟公司(ウェイルァンゴンスー)」。中国からカナダに来ている留学生曰く「いまさら中国語の雑誌を読んでも意味がわからない」。日本ではコンピュータ用語はカタカナ語が多くてわかりにくい、といわれますが、果たしてどちらが良いのでしょうね