釣り針の国

かつて航空機の燃費が今ほど良くなかった頃は、アメリカ本土行きの太平洋横断航路を飛ぶ飛行機は必ずアラスカのアンカレッジに給油のために寄港したものでした。「Anchorage(アンカレッジ)」とは「anchor(アンカー=錨)」に由来する地名で文字通り「停泊地」を意味します。トルコの首都「Ankara(アンカラ)」は海に面してはいませんが同語源で、地中海から中央アジアに向かう通商路の重要な「宿泊地」でした。リレーの最終走者のことをアンカーと呼ぶのは、彼または彼女がチームにとっての錨、すなわち最後の「頼みの綱」だから。英語では綱引きの最後尾の人も「anchor」と呼ばれますが、まさに錨の役目を果たします。

「anchor」の祖先を辿ると印欧祖語の「ank-(=曲がった)」に行き着きます。英語の「ankle(アンクル=かかと)」や「angle(アングル=角度)」も同源の単語。「angle」には「釣り針」の意味もあり、「angler(アングラー)」といえば「釣り師」、または背中から伸びる「竿」で餌の小魚をおびき寄せる「アンコウ」のことも指します。日本語の「アンコウ」もその語源は「anchor(アンコー)」で…というのは冗談で、海底でほとんど動かないことから「暗愚魚(あんぐうお)」のことであるとの説が有力です。

ドイツのデンマークとの国境近くに、「Angeln(アンゲルン)」という地方がありますが、この地名は地形が釣り針の形をしていることに由来します。そしてこの地から5世紀頃にブリテン島に移住したゲルマン民族が「Angles(アングルズ=アングル民族)」であり、彼らの住んだ場所が「Angul Land」→「Engla Land」→「England(イングランド)」となりました。後に彼らがサクソン族と共に「Anglo-Saxon(アングロ・サクソン)」と呼ばれるようになるのはご存知の通りです(サクソン族の方はドイツ中部の「Sachsen(ザクセン)」州に名を残しています)。ポルトガル語ではこの「Angles」が訛って「Ingrez(イングレス)」となり、これが日本に伝わったのが今私たちが使っている「イギリス」の国名というわけです。

イギリスの正式名称は「the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(=グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国)」だと中学時代に暗記させられたものですが、「Britain(ブリテン)」とはアングル民族が侵略する前にこの地に住んでいたケルト系の民族「Briton(ブリトン)」の名に因みます。では一体何がどうに「グレート」なのでしょう。この侵略の際、ブリトン人の一部はドーバー海峡を渡って対岸に逃げ、その地を「la petite Bretagne(ラ・プティット・ブルターニュ)」すなわち「小さなブリテン」と名づけたのです。これが現在のフランスのブルターニュ地方の呼称であり、これに対してブリテン島は大ブリテンと呼ばれるわけです。


おまけ ― 民族名と言えば高校生の頃、「German(ジャーマン=ドイツ人)」をローマ字読みすると「ゲルマン」になることを発見して、いたく感動したものでした^^;。皆さんはそんな経験ないですか?